零次反応

化学反応の速度が反応基質の濃度に依存するのはごく当然のことと感じられると思う。速度定数と基質濃度の積が反応速度になる。基質濃度の1乗に比例すれば一次反応、2乗に比例すれば二次反応となるが、これは実際に反応速度を測定してみないと分からない。測定して一次反応か、二次反応かが分かれば、反応機構も理解できる。
それでは、零次反応ということがあり得るだろうか。零次ということは、反応が基質の濃度に依存しないということだ。非常に濃い基質でも薄い基質でも、濃度に関係無く反応は一定の速度で進む。時間当たりにして一定量の基質が消費され、生成物が生じる。
基質濃度に依存する場合(一次反応や二次反応)は、反応が進むにつれて基質の濃度が低下するから、時間経過とともに反応速度は低下する。ゼロ次反応であれば、基質が消費され濃度が低下しても速度は濃度に依存しないから常に一定速度で反応が進む。
ちょっと話が諄いが、このようなことはあり得ない。反応の次数は反応に係わる分子の数であるから、反応が起こる限りは必ず「一次」以上の反応次数になる筈である。反応が「見かけ上」零次ということは、基質濃度が反応の進行によって変化せず、一定に保たれるようなトリックがある。零次反応の例として出される酵素反応では、実際には反応は二段階で進み、律速段階の反応は「酵素基質複合体」の分解である。従って、酵素反応の次数は本来の基質の濃度ではなく、反応中間体酵素基質複合体の濃度に対して一次反応である。酵素基質複合体の濃度は、反応系に加えられた酵素の初濃度に依存するから、基質濃度が酵素濃度に較べて十分に高い間は反応の実質的な基質(酵素基質複合体)濃度は一定値を取る。つまり零次反応となる。
反応系に溶解度をはるかに超える基質を加え、懸濁させた場合を考える。反応が進み基質が消費され基質濃度が低下すると、それを補う基質が懸濁状態から溶解して濃度の低下を補うから、この場合も残る基質量が溶解度を下回るまで基質濃度は変化しないことになる。つまり見かけ上は零次反応と云うことになる。